ツクラーとしての「終活」
2020年9月12日 ゲーム 葬儀に参列してふと思う所がありました。
自分が実際に世を去るのはまだ想像が付きませんが、ふと思うのは「自分はいつまでツクラーを続けていられるか」ということ。もちろん生涯を通じてツクラーでいられればそれが一番いい。でも何らかの理由でツクールを、ゲーム制作を離れる時が来た時には、25年も続けてきただけに、スパッと終わりにするよりは何かしらの形できちんと終わりを表したい。いわゆる「終活」的な作品を最後に1つ作りたいな…というのはあります。それがいつになるのかはまだまだ分かりませんが。
その時には既に元号も「令和」ではなくなっているかもしれません。
自分が実際に世を去るのはまだ想像が付きませんが、ふと思うのは「自分はいつまでツクラーを続けていられるか」ということ。もちろん生涯を通じてツクラーでいられればそれが一番いい。でも何らかの理由でツクールを、ゲーム制作を離れる時が来た時には、25年も続けてきただけに、スパッと終わりにするよりは何かしらの形できちんと終わりを表したい。いわゆる「終活」的な作品を最後に1つ作りたいな…というのはあります。それがいつになるのかはまだまだ分かりませんが。
その時には既に元号も「令和」ではなくなっているかもしれません。
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